2008年06月04日

カンムリワシ 具志堅用高

70年代、ジュニアフライ級の世界王座防衛世界新記録(当時)を樹立した、日本ボクシング界屈指のボクサー"カンムリワシ"具志堅用高。
沖縄県石垣市に産まれた具志堅は高校の時、インターハイにて活躍。
高校卒業後は名門協栄ジムに入門。

0608超得・具志堅用高・ 100年に1人の男”カンムリワシ”世界タイトル全15戦再現・第1部「戴冠...

1976年、WBA世界ジュニアフライ級(現・ライトフライ級)王座に初挑戦。
チャンピオン、ファン・グスマン(ドミニカ)を7RKO。わずかプロデビュー9戦目で世界チャンピオンになる。この時、「ワンヤ、カンムリワシニナイン(自分はカンムリワシになりたい)」という言葉が有名になり、゛カンムリワシ"という具志堅の異名となるきっかけだった。

当時、ジュニアフライ級は最軽量階級だったが、具志堅は重量級なみのKOの多さで人気を博した。
この後、日本人唯一となる世界王座6連続KO防衛を果たすも、出身地、沖縄で1981年に行われた14度目の防衛戦だったが、12R、挑戦者ペドロ・フローレス(メキシコ)の強打の前にセコンドからタオルが投入され約5年、13回に渡り保持した世界王座から陥落し、引退した。

100年に1人の男”カンムリワシ”具志堅用高・世界タイトル全15戦再現・第2部「燃焼」

引退後はタレント業のかたわら、ラーメン店などを経営。その後、1994年に日本人初の世界王者でもある故・白井義男氏と「白井・具志堅スポーツジム」を開設。現在は同ジムの会長として後進育成に力を入れている。

最近では亀田興毅についての辛口コメントが協栄ジム、亀田陣営を激怒させたが、はたして、亀田は世界チャンピオンになる資質があるのか、疑問だ。
具志堅用高は高貴で礼儀正しく、そして強い、世界ボクシング界不世出の超一流である。亀田にも見習ってほしいものだが・・・

戦績23勝(15KO)1敗

私的ベストバウト
WBA世界ジュニアフライ級タイトルマッチ
×(王者)ファン・グスマンvs具志堅用高(挑戦者)○
(7RKO。具志堅、世界王座獲得)

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posted by 20c at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ボクシング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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