2008年05月14日

鉄人 アンディ・フグ

1987年、極真会館主催の4年に一度の全世界大会で、日本ではまだ無名だった外国人が、現極真(松井派)館長の松井章圭と当時外国人史上初めてとなる決勝進出を果たした。テコンドーの技「脳天蹴り」(かかと落し)を駆使し、円を描くような華麗な組手。

英雄伝説アンディ・フグ〜SAMURAI Spirit Forever〜 上巻
アンディ・フグ
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その未知の外国人選手こそ、
"鉄人"アンディ・フグ。
偶然の顔面へのパンチが判定に影響し、準優勝。彼の登場は私には衝撃だったが、当時のTV解説をしていた盧山師範の「"アンディ・フグ"という名前はこの先、私の修行生活の中で一生忘れることが出来ない名前になりました」と語ったほどだった。

以来、アンディはカラテ界ナンバーワンの人気選手となるも、極真を脱退し、フリーとなる。
フリーになったアンディはプロ第1戦となる正道会館主催の「格闘技オリンピックII」に電撃参戦。当時、正道会館の看板選手だった、柳澤聡行を全く寄せ付けず、アンディの独壇場。
その後、「カラテ・ワールド・カップ」で優勝。次の年のカラテ・ワールド・カップでは佐竹と決勝を戦うも、試し割りの枚数で敗れる。

<英雄伝説アンディ・フグ〜SAMURAI Spirit Forever〜 下巻
アンディ・フグ
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そして、K-1参戦。
カラテの名声を得ていたアンディは鳴り物入りでデビューするものの、格下のパトリック・スミスや、マイク・ベルナルドにKO負け。
次の年、スミスとのリベンジ戦では見事1RKO勝ちし、さらに、人気を増す。
そしてついに、1996年の決勝戦で何度挑んでも勝てなかった、ベルナルドに「フグトルネード」でKO。リベンジを果たして優勝。1997年、1998年でも連続準優勝。K-1の看板選手となり、TVやCMでも、引っ張りだこ。
K-1参戦初期はなかなか勝てず、何度も負けても、不屈の闘志で這い上がり、やがてはトップにまで上り、そしてなにより、彼の重んじた武士道精神は日本人のハートをがっちり掴んだ。

2000年6月9日のスイス国内引退試合を現在、PRIDEで活躍するミルコ・クロコップと対戦し、判定勝ち。ところが、予選トーナメント目前の2000年8月24日、白血病のため、逝去した。享年35歳。
アンディの逝去は格闘家としては異例のTVニュースとなり、日本中を駆け巡った。
彼のサムライ・スピリッツや、華麗なファイティングスタイルは今でも語り継がれるほどの伝説となった。

アンディの登場以来、数多くの選手がアンディの代名詞「かかと落し」を使うようになったが、未だ、アンディ以上のスピード、タイミング、パワー、そして美しさを持ったかかと落しを見たことがない。

私的ベストバウト
格闘技オリンピックII
○アンディ・フグvs柳澤聡行×
(判定)

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posted by 20c at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | カラテ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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