2008年08月31日

前田日明とリングス

"世界最強の男はリングスが決める!"をキャッチフレーズにいろいろな新しい試みを行っていた
「リングス」。
新生UWF崩壊後に新たにUWF戦士たちが新団体を設立するものだと思われていたが、藤原を中心に、船木、鈴木などが参加した「藤原組」、高田を中心に大部分の選手が参加した「UWFインターナショナル」。そして、1991年、前田日明はたったひとりで「リングス」を設立することとなる。

リングス創立10周年記念総集編〜RINGS 10th ANNIVERSARY〜
リングス創立10周年記念総集編〜RINGS 10th ANNIVERSARY〜

リングスはUWF時代から交流のある、クリス・ドールマン率いるオランダ格闘技界の協力が大きな力となるも、日本人選手は前田ただ一人だけという、苦しい船出であった。リングスは世界各国にリングス・ネットワークを置き、月一回のペースで主に日本で興行を行った。
初期の頃はリングスオランダの試合が大部分を占めていたが、当時、人気急上昇中の佐竹雅昭、角田信朗を擁する正道会館などが参戦したほか、ピーター・アーツ、ロブ・カーマン、ジェラルド・ゴルドー、ウィリー・ウイリアムス、西良典などが参戦し、話題を呼んだ。リングスジャパンも、田村潔司の加入や山本や長井、高坂などの成長などで、実力No,1を決めるメガバトル・トーナメントを年一回開催(第一回優勝はクリス・ドールマン)。旗揚げから全面バックアップしていたWOWWOWの影響もあり、リングスの会場は満員状態だった。

当時、WOWWOWのリングス中継を毎月観戦していた私は、当時まためずらしい総合格闘技、そしてプレミア感ある対戦カードに緊張感を感じながら見ていた。

しかし、アメリカで開催されたバーリトゥードの影響をうけ、リングスもルールの変更を余儀なくされる。当時、まだ無名だったエメリヤ・エンコ・ヒョードルやアントニオ・ホドリコ・ノゲイラ、ヘンゾ・グレーシーなどが参戦したKOKトーナメントを開催するも、PRIDEの出現により、主役の座を奪われる形となる。
時代を先行し、一足先に総合格闘技に着手し、数々の一流格闘家を輩出、話題を呼んだリングスだったが、前田引退後は空席が目立つようになり、リングスも終焉を迎える。

前田日明という、カリスマ格闘家が設立したUWFとリングス・・・
このふたつの団体がどれほど格闘技界に影響を与えたか・・・
どれほどの世界の格闘家が埋もれずに済んだか・・・

もし、格闘技の国民栄誉賞があるならば、間違えなく、前田日明に与えられるだろう

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RINGS 1991-2002
前田日明 田村潔司 ヴォルク・ハン
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posted by 20c at 09:24| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。おっしゃる通りだと思います。
フロンティア精神あふれる前田さんや、あの頃の若者たちが切り開いた時代を経て、今がある。
そして、日本における総合格闘技の市場規模が停滞の状況を見せつつある今、求められているのは、やはりフロンティア精神がある人間だと私などは思うのです。
Posted by 谷 at 2008年08月31日 18:46
はじめましてです。

そうですね、UWFとRINGSが格闘技界のパイオニアだと僕も思ってます。

先人たちが血と汗と涙を流して築き上げてきた格闘技界は、悲しいことに最近落ち目ですが、また復活してほしいですね。
Posted by うほほい at 2008年09月09日 20:19
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