2008年11月23日

少林寺拳法と宗道臣

現在では、誰もがその名を耳にしたであろう、少林寺拳法。
70年代より爆発的なカンフーブームにより、その名は一躍全国区になったのだが、中国の少林拳、太極拳などのカンフー、中国武術とは全く別の日本独自の拳法である。

少林寺拳法の開祖、宗道臣は昭和初期に「日本民族発展の捨石になろう」という理由で、中国大陸に渡り、陸軍の特務工作員の仕事をしている最中、北少林義和門拳二十代師父の文老師の下で修行を積み、昭和11年(1936年)祖師達磨大師のゆかりの地・嵩山少林寺で義和門拳の法脈継承の儀式を行った。
前後、日本に戻ってみると、道義も秩序も無い弱肉強食の修羅場のような状況で、特に次代を担う青少年の荒廃は目を覆うばかりだったという。「これではいけない、これからの半生を骨のある青少年の育成に捧げよう」と決心し、四国の香川県・多度津町にて釈尊の自己確立・自他共楽の教えを「力愛不二・拳禅一如」の法門として編成し、中国で学んだ各種の拳法を再編整理して、理論の裏付けを行い、さらには戦中・戦後を通しての貴重な白兵戦の体験と創案を加えて、宗門の行としての形を整え、少林寺拳法と名づけ、青少年たちに教えた。

少林寺拳法
松本功

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少林寺拳法は突き、蹴りなどの剛法と投げや関節技の柔法から成り立つ剛柔一体の技法である。その演武は全て相手からの攻撃による護身技法で、修業体系は三鼎、三法、二十五系そして六百数十の技に分類されている。

以前、前田日明率いるリングスにおいて、「ロシアの狼」ヴォルク・ハンが手首の関節を極めただけで、相手は簡単に投げられるシーンがあったが、あの"小手返し"に似た技や、逮捕術を連想させる様な技も多数見られ、理論的には極めて実戦的な拳法である。

少林拳と少林寺拳法は全く別物だが、、リーリンチェイ(現、ジェット・リー)主演映画「少林寺」に少林寺拳法の山崎博通氏(現・禅林学園校長)が出演している。リーリンチェイ氏が日本の香川県少林寺拳法本部を訪問している、など交流面は多く、嵩山少林寺と日本少林寺拳法連盟はお互いを認め合っている。


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2008年11月15日

ドン・中矢・ニールセン

1986年10月9日、新日本プロレス「INOKI 闘魂 LIVE」で、前田日明と異種格闘技戦で対戦したのが
ドン・中矢・ニールセン。
日本人の祖母を持つ日系3世でジェットセンター所属。WKA・USクルーザー級チャンピオン。
この試合を見た私見ではあるのだが、
一言、ニールセンの打撃は「かるい」というのが第一印象で、バックスピンキックやハイキックなどの大技を連発するもモーションが大きく、しかも軽そうだった。
近年、新日本プロレスの永田裕二がこの試合について八百長をほのめかす発言をしてるが、当のニールセンは
「私が新日本から言われたのは「試合を盛り上げてくれ」それだけだったよ。私が若い頃だったら、その永田って選手をブッ飛ばしていただろうね(笑)。」ということらしい。
八百長だか、八百長ないかは、リング上の殺伐として緊張感ある雰囲気から感じ取れると思う。

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この試合は試合前より雑誌等で大々的に取り上げられ、
前田をコーチしたシーザー武志、シンサック・ソーシリパンなどのシュートボクシング関係者や、ニールセンが所属するジェットセンター、その主催者であるベニー・ユキーデ。そしてマーシャルアーツ自体などにスポットライトがあてられ、特にシーザー武志率いるシュートボクシングがファンを獲得するのに絶大な効果があった。
前田は「新格闘王」の称号を手に入れ、UWFの人気は不動のものとなる。
一方、ニールセンはこの試合をきっかけに、一気に知名度をアップ。
後の藤原、山田といった相手と異種格闘技戦て勝利することとなる。

全日本キックボクシング連盟にも看板として登場。
しかし、WKA世界スーパーヘビー級タイトルマッチにてケビン・ローズイヤーにKO負け。
続く日本武道館大会ではロブ・カーマンにKO負け。
佐竹雅昭にKO負けなど、はっきり言って、キックボクサーとしての彼はあまりいい成績を残してない。

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ニールセンはプロレス向きだ。しかも異種格闘技専門の。
しかし、当時、前田戦でのあの緊張感。現在、格闘技、プロレスを見て、あのような緊張感を感じることはない。
この試合が後のUWFブーム、そして現在の総合格闘技の原点と言ってもいいのではないだろうか。
ニールセンは現在、タイでカイロ院を経営している。
80年代後半の日本の格闘技ブームの立役者の中の一人だった。
1960年7月8日生まれ。

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2008年11月04日

シーザー武志創設 シュートボクシング

シーザー武志はキックボクシング全盛期の1972年にデビュー。当時、沢村忠引退後のメインイベンターの一人、亀谷長保との対戦はTV中継された。シーザーのキックボクサーとしての成長とは逆にキック界は沢村の引退で一気に衰退していくも、日本ウェルター、ミドルのチャンピオンとなる。
キック低迷期に第一次UWFの面々と出会う。当時、初代タイガーマスクの佐山聡、プロレスの神様、カール・ゴッチのアドバイスがきっかけとなり、キックボクシングの打撃に投げやスタンドでの関節技を取り入れ、コスチュームはスパッツにレガースというイデタチでシュートボクシングと命名。1985年9月に旗揚げした。

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また、当時、格闘技界の話題の中心にあったUWFの前田日明や、高田延彦らにキックをコーチし、特に前田日明が対ドン・ナカヤ・ニールセン対策にシーザーのコーチを受けたことにより、シーザーとシュートボクシングは知名度を上げ、プロレスファンからの支持を集めることに成功する。(この当時のUWFの影響はすさましいものがあった)
シュートボクシングは旗揚げ当初、プロレスの影響からか、異種格闘技戦と題して、ムエタイや琉球空手、マーシャルアーツなどと、積極的に試合を行い、「ゴング格闘技」や「格闘技通信」などの専門誌に毎回のように取り上げられ、ファンも増やしていくことになる。

旗揚げ当初はプロレスやUWFの力を借りてファンををを増やしていたが20年目を迎え、シーザーは引退するものの、試行錯誤を繰り返し、アマチュア大会なども各地で開催されるなど、底辺も拡大し、組織的にもかなり強固なものにした。
最近では「K-1 World Max 2005」にて優勝したアンディー・サワーをはじめ、数々の名選手を輩出している。

私的ベストバウト
 異種格闘技戦
 vsマーシャルアーツ
○シーザー武志(2R TKO)ジェームズ・バシム×



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